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名古屋高等裁判所 昭和36年(う)286号 判決

控訴人 被告人 江原こと全景煥

弁護人 村本勝

検察官 辻本修

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人村本勝の控訴趣意書に記載するとおりであるから、ここにこれを引用し、当裁判所はこれに対し次のように判断する。

控訴趣意第一点について

所論は、原判決が掲げる証拠の標目中のいずれの証拠を検討しても、原判示のような犯罪事実を認めることができず、原判決には事実誤認又は理由不備の違法がある、というのである。

しかし、原判決挙示の各証拠を総合すれば、原判示犯罪事実を優に認めることができる。原判決挙示の証拠である、(1) 被告人の検察官に対する供述調書中には、「被告人が原判示日時顔だけ知つている名前の知らない近所の人から頼まれ、その男の人を被告人の運転する自家用自動車ダツトサン愛五せ九五二二号に乗せ、守山市大字守山上流の被告人方前から名古屋市千種区茶屋ケ坂通りまで運んだ」、「被告人は昭和三五年七月か八月頃右自動車を使つて名古屋スクープという新聞タクシーの仕事を半月位やつてやめたが、その後自宅で養豚業を営む傍近所の人から頼まれた時に乗せて運ぶ程度でせいぜい月に四、五日それも一日中やつているわけでないが、右自動車で一粁二五円の割合の対価を受けて他人を運送していた」、「前記茶屋ケ坂通りまで運んだ人からいくらかと金のことを聞かれない内に検挙されてしまつたが、同人に対しても一粁二五円の割とはいわないまでも金を受取る気持はあつた」旨の供述記載があり、(2) 原審第二回公判調書中の原審証人山下秀雄の供述記載中には「私達取締班は車二台で追尾し、被告人の車が停車すると被告人の車を取締車二台で前後し、乗客係と被疑者取調係とに分れ、被告人と乗客をすぐ分離させた、乗客係が乗客の供述調書を作成し、お客が料金を支払う意思のあつたということが判つた」旨の部分があり、(3) 同公判調書中の原審証人神農大植こと姜大植の供述記載中には「被告人の家から被告人の自動車に乗せて貰い、名古屋市の尾頭橋を通つて茶屋ケ坂の用水場の前まで行つた、そこで降りる時に刑事さんが四、五人来て何かいつた」、「警察官に対し、乗る前に金を払う積りであつたといつた」旨の部分がある。右各供述記載部分を総合すれば、原判示日時、被告人と姜大植との間には「被告人は姜大植を同人の依頼した地点まで自動車で輸送する、姜大植は下車の際輸送の対価として現金を支払う」旨の黙示の契約が成立し、該契約に基き被告人が原判示のとおり姜大植を被告人の自家用乗用自動車に乗せ守山市大字守山字上流附近路上より名古屋市千種区茶屋ケ坂通り用水場前(二丁目十一番地附近路上であることは原判決挙示の被告人の原審公廷における供述によりこれを認める)まで輸送したものであることを認めるに十分であり、原判決には所論のような理由不備の点はない。又本件記録を精査し、原裁判所が取調べたすべての証拠を仔細に検討し、当審における事実取調の結果を参酌しても、原判決の被告人に対する犯罪事実の認定に誤認がある点を見出し得ないので、論旨は採用できない。

控訴趣意第二点について

所論は、(1)道路運送法第一〇一条第一項、第一二八条の三第二号が処罰の対象とする行為は、現実に輸送の対価としての現金を受取つて運送する行為であつて、対価を受取る意思で運送契約をすることを禁じているものでないから、被告人が未だ運送の対価を受取らず単に対価を受取る意思で姜大植を運送した被告人の原判示所為は右法条に違反しない、(2) 仮りに、右法条に違反した犯罪は成立しているにしても運送契約が成立しただけでは、それは未遂の段階にあり、犯罪の既遂ではなく、右道路運送法には右未遂の所為を処罰する規定はないのであるから、被告人の原判示所為は罪とならないのに、原判決が被告人の原判示所為に対し右法条を適用し処断したのは、法令の解釈を誤り、その結果適用すべからざる事実に法令を適用した違法がある、というのである。

原判決挙示の証拠によれば、被告人は、原判示のとおり自己の運転する自家用乗用自動車に姜大植を乗せて輸送したが、未だ姜大植よりその対価を受け終らない内に警察官に発見逮捕されたものであることを認めることができる。しかし、道路運送法第一〇一条第一項にいわゆる「有償で」とは、「運送の対価として財物を受け、又は受ける約束」でという意味に解するのが相当であるから、所論のような現実に輸送の対価を受取つて運送した場合はもとより右法条に違反したことになるが、被告人の原判示所為のように、姜大植との間に下車の際同人から輸送の対価として現金を収受する契約をなし該契約のもとに同人を被告人の運転する自家用乗用自動車に乗せて輸送した場合もまた同法条に違反したものに該るとし、同法第一二八条の三第二号を適用した原判決には、法令の適用を誤つた違法はない。そもそも、同法第一〇一条第一項、第一二八条の三第二号は、同法第四条において自動車運送事業の経営を運輸大臣の免許を受けた者のみに許し、同法第一二八条第一号において無免許で自動車運送事業を経営した者即ち無免許営業者を処罰することにしたが、無免許営業の絶滅、道路運送秩序の確保を図る為には、さらに無免許営業に発展する危険性の多い自家用自動車の個々の有償運送行為を禁止する必要があるとして設けられたものと考える。ところで、若し所論のように、現実に輸送の対価としての現金を受取つて運送した行為だけが同法第一二八条の三第二号に該ると解するならば、輸送の対価を後日収受するように契約して自家用自動車を運送の用に供することによつて、たやすく同条項の適用を免れることができ(後日の対価の収受が前の運送行為に対するものであることは第三者からは判別困難である為、前の運送行為と後の対価収受行為とを結びつけて同条項に該当するとして取締まることは困難である)、かくては、無免許営業の絶滅、道路運送秩序の確保を図る為に同条項を設けた趣旨に反するので、同条項につき所論のように解することは賛同し難い。なお、原判決は、被告人と姜大植との間に単に有償運送契約が成立したということだけを認定しているのではなく、該契約に基き被告人が姜大植を被告人の運転する自家用乗用自動車愛五せ-九五二三号に乗せて、守山市大字守山字上流附近路上より名古屋市千種区茶屋ケ坂通り二丁目一一番地附近路上まで約二〇粁輸送したことを認定しているものであること、原判文上明らかであるから、運送契約が成立しただけでは右条項所定の行為の未遂の段階にあり、被告人の原判示所為は同条項に該当せず罪とならないとの弁護人の主張を採用できないこと極めて明白である。原判決には所論のような法令の解釈を誤り、延いて法令の適用を誤つたという点はなく、論旨は採用し難い。

よつて、本件控訴は理由がないので、刑事訴訟法第三九六条に則りこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 小林登一 判事 成田薫 判事 布谷憲治)

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